コミュニティーをどう捉えるべきか?

どうも、たっけ(@takeee814)です。

おれはインターネットのど真ん中で生きている人間なので、「コミュニティー」という言葉を何度も何度も聞いてきた。個人的にコミュニティーというのは、昔からあるもので現在はただそれが「言語化、可視化」されたものだけではないか?と感じていた。そんな俺が、佐渡島さんの講演を聞いて何を感じたのか?を書きたいと思います。以前は、インターネットの話もまとめています。

コルク代表「佐渡島傭平」さんが考える変革が起こる現代に必要な考え方を備忘録的にメモしました

コミュニティーは人類に必要

佐渡島さんは「5つくらいのコミュニティー」は入るべきだとおっしゃっている。それは何も今の、オンラインサロンコミュニティーに入るというわけではない。
・会社
・プライベート(地域/友達/大学時代)
・オンラインコミュニティー
1つの自分しか表現できないのは、本当に辛いと。例えば、産休中の妻とかが特にその状況に陥りやすいと。
俺の場合で考えると、自分らしく発信する場所が1つもなくなるのがめちゃくちゃ嫌だと思う。その最先端のものがブログなんですよね。ブログは本当に自分だけのオリジナルの場所。ここがあるからこそ、ある程度のコミュニティー規範にそりながら、人とうまく渡り合えているんだと思う。常に我慢我慢我慢ばかりしてたら本当にしんどすぎるので….

自分を一番大切だと思え

佐渡島さんも30代直前までは他人の幸せの方が重要だと思った。しかし、離婚を経験し考え方が変わったと。一番幸せにしたいと思えた人だったけれど、やはり自分の幸せの方が大事だと感じてそれを経験した。俺には佐渡島さんのような経験はないけれど、素直に自分が一番大切だと言える。それは、単純に自分がいい状態じゃないと相手を幸せには絶対にできないと思っているから。自分が幸せじゃないと、絶対に人のために動くことはできない。
順番としては、こうだ。

1,自分を大切にする
2,他人を大切にする
3,自分の身の回りが幸せになる

べき思考の話が上がったのだけれども、個人的に超絶わかる。「自分がこうあるべき」だというのは、正しいと思うのだけれども、社会がこうあるべきとかを言い続けるのは、よくない。それを言うので満足しているのは違う。そこはべき論じゃなくて、動かなくっちゃいけない。意思決定は、体でするべきだ。

最後に

コミュニティーをどう捉えるか?と改めて考えると、シンプルにこうなのではないか?と思う。
それは「自分が自分で居られる場所」だ。もうこれに尽きる。昨日も話したけれど、そこにいることが、「なぜ好きか?」ということを言えないほど、のめりこめる場所。本当にそれだ。最後まで読んでくださってありがとうございます。

ちなみに、佐渡島さんの本で好きなのは、ぼくらの仮説が世界をつくる。あと君たちはどう生きるか?絶対に読んでほしい。

 

ぼくらの仮説が世界をつくる
佐渡島 庸平
ダイヤモンド社
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漫画 君たちはどう生きるか
吉野源三郎
マガジンハウス
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