【学生起業家・江澤拓宜】「アメリカでも再び感じたレールに乗る怖さ」と「リブセンス上場を知り日本で起業する決意」

 

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偏差値28からのアメリカ行きを決意

僕はアメリカに行くとは決めたのだけれど、とにかく英語ができなかった。駿台の模試を受けたら、偏差値28とかだった。笑  完全に英語で苦労することが目に見えますよね。
だからアメリカに行く前に洋画を500本以上見ました。
今でも、毎日映画を見る習慣は続いている。
 

結局アメリカでもレールを感じる

そこからアメリカでの高校生活が始まったわけなんですけど、本当に毎日勉強で消耗していた。
それで疲れてきたので、周りのみんなに「なんのためにここにきて勉強してるの?」って聞くことにした。
すると「コロンビア、ハーバードにいってバンカーになる」ってみんな口を揃えていう。
自分も金融の世界にいこうと思ってる。自分と近い考えの人間ばっかりだった。自分もリーマンショックとかもあって、金融の世界を見てきたのでその世界に飛び込んで一儲けしてやるって考えてたんですよ。だけどみんなの話を聞いていたら、アメリカでも同じようにレールにのってしまう。
せっかく日本でレールからはずれるために、アメリカにきたのに、アメリカでもレールに乗ってしまっていた。これが”っていうエリート教育の権化なんです。
優秀なやつは医者、弁護士、バンカーになる。っていうね。危機感を感じた。
 
それが嫌で、自分がやりたい仕事って何があるんだろう。って考えた。
“自分が幸せになれて、好きなことができて、社会に対して本当の意味で価値になるものを生み出せ、名誉や地位が入らないときには捨てられる仕事はなんだ”って考えました。
そしたらあったんですよ。”起業家”っていう職業が。これだよ俺の生きる道はって思った。
 

 iPhoneとの出会い

iPhoneを見ていた、スティーブジョブズを見てたんですよ。中2年のとき持っていた。周りのみんなはSDカードがない、携帯なんて流行るわけがない。iモードだろうとみんな言っていた。
使った時に、絶対来ると確信してた。
持ってない人ばかりがガラケーのままでiPhoneははやらないと言っていた。
 
中二の時から、4年くらい経って、そのとき批判していたみんなスマホも持つようになった。
この瞬間、起業家ってすごいなと思った。
 
その瞬間アメリカに行くことを決めた。
 
アメリカだと信用・お金・コネもないとなるとハードルが高い。いくつもハードルがある。
日本人としてアイデンティティーがあるので、日本で起業しようと思った。
 
早稲田大学の先輩で最年少上場したという情報が入ってきた。リブセンス”村上太一さん”早稲田大学の政治経済学科に入っていると。じゃあ自分もそこにいって、同じ環境で24歳レベルで上場してなかったら、負け。負けたら終わりだと思ってる。それで21歳の江澤がいる。本当に起業はつらいことばっかり。
 

連載記事一覧

 

【連載】起業家”江澤拓宜”はなぜ「今死んだっていいと思えるのか?」 – たっけのメモ

【学生起業家・江澤拓宣】不登校から這い上がる中学時代。 – たっけのメモ

 

【学生起業家・江澤拓宣】中学時代にリーマンショックを身近に感じ、アメリカの高校に通うことを決意。 – たっけのメモ

 

 
 
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