映画の役割が「未来を魅せる」から「どう表現するか」に変わってきつつある

みなさんは、映画館に行きますか?Netflixのおかげで、映画館に行かずとも良質なコンテンツに触れる機会が圧倒的に増えたという事実は、誰も異論がないと思います。

そのような現状で、映画界に変化が起こっているのではないか?と思っているので、その文脈を共有させてもらえればと思います。

かつては映画は未来を想像させてくれるものだった

スターウォーズ、ターミネータなどの世界に憧れた起業家がたくさんいると聞いています。人類にとって、宇宙やロボットは当時では程遠い世界だった。

そのような時期にもかかわらず、未来を予想して描けてしまった監督やチームは、恐るべき人たちだと思う。想像力だけではまかないきれないものであろう。

しかし今はどうだ?

映画を観て、「未来的だ。」「なにこの世界!!!」と感じることはあるだろうか?そういう機会が減ってきていると思う。

現代は、本当にテクノロジーが進化した。だからこそ、どんな未来が起こるのかある程度頭の中で想像できるようになっている。

「ロボットが働いている」「宇宙を旅している」など容易に考えることができるだろう。
宇宙に行ける人も可視化。どんどん今まで想像上だったものが、可視化され続けるようになるだろう。

だからこそ、これからの映画の大きな役割としてあるのが「体験の上手な共有」だと思う。監督が思い描く「世界観」を落とし込み、共感してもらうことが大切だ。

以前の映画のように、驚愕的な驚き、発見を求めることは僕たちには難しいと思う。
大事になるのは、作り手の魔法仕掛けだ。

「SNS×映画」の魔法仕掛けがこれからは始まる。その次の魔法仕掛けは何か?面白いものを表現するためのスピードがどんどん早まってきているのは間違いないだろう。

最後に

映画は本に似てきたのかもしれない。人の体験を本を通して、学ぶように、映画を通して人の体験を学ぶ。最近観た映画であれば、「億男」も学びのコンテンツに入ると思います。
最後まで読んでくださってありがとうございます。