死んだらもう会えないんですよ、一生。

どうも、たっけ(@takeee814)です。
 
8月10日から8月16日まで、地元の兵庫県に帰っていました。
地元の友人と会う時間、誕生日に出版、高知へ旅行。などなど非常に充実した時間を過ごすことができました。
少しだけ別の話ですが、祖父母にも会っておかなければならないという使命感も強くありました。

その話を今日は書きます。

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小学五年生の時、自分が死ぬことが怖かった

当時、寝る前に物凄く悲しい気持ちになっていた。
自分が死んだ後の世界ばかりを想像していたからだ。
お母さん、お父さんとはもう会えなくなってしまうのではないだろうか。
そして、今まで気づきあげてきた思い出がすべて消えて無くなってしまうんじゃないか。
そんなことを考え続けていると、悲しい気持ちでいっぱいになっていた。当時から物凄く、死や生については人並み以上に考えていたような気はしますね。死んだ後の世界はどんな世界なんだろうか?不思議でしょうがなかった。
でもあるときから、死ぬまではその世界を見ることができないから考えたって仕方ないと思って、考えなくなった。

祖父母はただあなたの顔が見たいだけ

僕らの世代(Around 25)となると、祖父母は亡くなる可能性が高くなります。
同じく時間の流れとして、仕事などで忙しくなる世代でもあります。

僕が帰省してみて、最も強く感じたのは、祖父母は孫と何かを喋りたいわけではないんですよきっと。
目の前で孫の姿を見れていること、それだけで非常に幸せなんです。
だから、今の自分がダサいから会いたくないなんて思うのではなくて、会って同じ時間を少しでも共有することが非常に大切です。

僕が祖父母たちと別れる時間がきたら、とても悲しそうな顔でこちらを見つめてきます。その顔が自分にとっては忘れられません。
ただそれだけ、孫と直接会える時間は自分にとっては貴重な時間なんだと強く感じているのでしょう。
もし、地元に帰る時間などないのであれば、「スカイプ、LINE電話」など対面で話せるコミュニケーションツールを使って連絡をとってみてはいかがでしょうか?
時間って本当にあるようでないんです。

映画「君の膵臓をたべたい」で、主人公が余命という時間に甘えていたように。
いつ何が起こって会えなくなるかはわかりません。
確実に何か起こる可能性が、祖父母たちは高いことは事実でしょう。
会えるときにタイミングを作って会うべきです。
 
 
君の膵臓をたべたい (双葉文庫)
住野 よる
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