ダセぇのがかっこいいという価値観

どうも、たっけ(@takeee814)です。

昨日は、とっしーと三浦君と永福町で話していました。綺麗とは言えない居酒屋で、いいちこを飲みながら飲む。たぶんぼくらは、どんな飲み屋でも自分らしさを忘れない人間なんだと思う。とっしーなんて、会ったの3年ぶりだよなあ。その頃から比べればぼくたちは結構考え方や人付き合いも変わったよなという話をしていた。

話題の中心はダサさ

たぶん僕はかっこよく生きようと思っても生きれない。早稲田入って、クソみたいに留年して何も続かない日常を送っていた。そんな中突如復活してくれたブログ熱。そのブログが多くの人との出会いやチャンスを作ってくれた。なんかもうかっこよく生きていくことは不可能だ。でも待てよ…とかっこつけようと生きるとダサくて、かっこつけずに必死に生きるのがかっこいいんじゃないか。素直に生きるのがマジでいいんじゃないんかなと気持ちを抱いている日々を過ごしていたのだが、そんな気持ちをとてもわかってくれるのが三浦くんだ。彼はとにかくダサいからかっこいい。ダサいからかっこいいというのはよくわらんかもだが、そうなんだ。

何を伝えたいかというと、がむしゃらに何事かに向かっている時にかっこはつけれないということだ。必死な人間はあふれんばかりのパッションが出ていて、ダサいがかっこいい。なんだろうそんなことばかり考えているGWだ。GW明けはとにかくダサく仕事をしていこう。がむしゃらにたんたんと。

最後に

最後まで読んでくれてありがとうございます。最近だと、少しずつ記事で紹介していただけることが増えていて嬉しいです。

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