「文章を書く量が多いから」といって、「文章が上手くなる」わけではない

職業柄、文章を書くことが多い。それは、幻冬舎のジャーナリストであるし、ブロガーだからだ。業務の一環として基本的に、日本語と英語を毎日書く。当然、書くだけではなく、読む。文章を書くこと読むことは好きなのにも関わらず、現時点で自分が文章が上手いとは全く思えない。むしろ、下手くそ。だから「これからの文章を考えよう」というイベントを企画したわけ。

では、この記事で「なぜ、自らの文章力が低いのか」少し分析していきたいと思う。たぶんだけど、共感してくれる人多いと思うんだよね。

考えて文章を書いていなかったから

身近に僕のことを知っている人であれば、僕の瞬発力と継続力は褒めてくれると思う。いかんせん、なんでも「良い」と思えば早く取り組み、「違う」と思えばすぐに辞める癖がある。

そして、その中でも「本当に良い」と思ったものはずっとやり続ける。例えば、ブログを毎日書くという行為、ジムに欠かさず毎日行くという行為(#毎日20分ラン)がある。

しかし、多くの人が「浅はかだ」と自分のことを捉えているよう感じる。その理由は僕が注意散漫になりがちで、一つのことを粘ってやりきる力が欠けているからだ。

特に文章に関しては、顕著にその原因が現れていると考えている。なぜなら、ブログを5年近く毎日書いてきているのに一向に文章力が高くないからだ。

その根本的な理由は「文章力を高めたい」と心の底から感じていなかったからだ。最近まで、自分が書いた文章を読み返したり、文章力が高くなりたいなどで悩んだりすることがなかった。とりあえず、どんどん前に進むことばかりを重要視していた。

しかし、実際「文章を書く」ことは前に進むことではなかった。では、どうすれば前に進めるのか。それは「文章について真剣に考えて書く」ことによって。

つまり、「読者に何を伝えたいか」を真剣に考えぬき「読者が読みやすい文章を意識する」必要がある。無愛想な文章を読者は決して読んでくれない。書き続けることも大事。だが、それ以上に「読者を考えて書くこと」はもっと重要だ。

ようやく、気づいた。いや、本当にこのまま気づいていなかったらやばかった。「量は質を凌駕する」という諺があるが、これは完全に嘘。とりあえず文章を続けるだけでは誰も幸せにならない。自分がせっかく書き続けているのに、誰のためにもならなければ、その文章は意味をなさないものになるだろう。

最後に

僕の結論は、上記に述べている。その僕の結論を元に、プロのライター・編集者である「阿部さん、早川くん、三浦くん」に文章について一つの嘘もなく聴いていきたいと思う。

830日(金)は文章について真剣に、そして深く考えられる1日にしたいものだ。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。イベントに遊びに来てくださいね。