「友達を作ること」と「友達で居続けること」の違い

どうも、たっけ(@takeee814)です。
昨日、友達の三浦くんがいい文章書いていたので俺視点でも「友達」については書くことにしました。

友達とは、「自分と関係性をを持ち続けていく人」です。努力しなければ、友達として見捨てられる可能性があると俺は思っています。だから頑張って生きなきゃダメなんです。今日はそんな話をしていきましょう。うまいかどうかわからない、台湾まぜそばみたいな文章だけど宜しくお願いします。

そもそも俺は人間関係については考え続けてきた

それは街を歩いている全く無関係な人もだ。常に人について考えるスイッチが入ってしまっている。オンとオフなんていう概念は存在せず、ずっとオンの状態だ。
どんな風に人について考えるかって?それは、こうだ。「人の見た目や、癖、行動、言動、喋り方で一旦仮説を立てる」そして、その仮説が正しいかどうか検証して、仲良くなれると思うタイプだ。こういう風に伝えると、めんどくせえやつだなあと思われるかもしれないけどさ。この作業って意外と時間はかからなくて。

一緒に仕事をしないと友達ができない?

それは、ハッタリ。たとえば考えてみて欲しい。「仕事をすることと友達になる」ことに因果関係はあるだろうか?逆を考えて欲しい。果たして、「仕事をしないと、友達はできない」だろうか?そんなことはない。これはただの思い込みだ。では何が大切なのかというと、デートする時間だ。

男同士でデート

このデートは人数制限が大切だ。3人以内でデートしなければならないと思う。そこに女性は不要だ。女性への扱いが変数となって、男同士の中が深まることは決してない。忘れちゃあいけないのは、男同士の関係性というのは、「男⇆男」で生まれるのであって「男⇆女⇆男」の関係性で生まれることはない。だからしっかりと時間を作って、仲良くなりそうな人とは向き合うことがめちゃ大事だ。

そもそも本気で向き合っているか?

「本気で仲良くする」ってことを忘れてしまってはいないかな?小学校中学校高校と閉ざされた空間であれば、友達がいなかったら楽しくないと感じることは多い。だからこそ、本気で友達作って仲良くするって人が多い。それは、実際大人になってからもなんら変わらないと思うんだけど。「次は良い出会いがある、友達なんかすぐできるだろう」なんて気があるから、その時々に本気になれないんじゃないか?あの日あの時あの場所で出会えるタイミングはその時しかないんやで?一瞬の出会いを大切にして、見極めることが大事だと思うけどなあ、俺は。婚活に失敗する女の人で「次は良き出会いがある」と何度も何度も期待して、そのようなパーティーに足を運ぶようなもの。自分の中で、事前に線引きをしておくのも大事じゃないかなあ?

友達を作るためには、無邪気さと積み上げ努力は不可欠

僕は基本的には、「面白い、かっこいい」と思っている人とは仲良くなる。なんでもそうなんだけど、「自分が求めているからって相手も求めてくれる」っていうのは見当違いだよな。めちゃくちゃ仕事できる人、たとえばZOZOの前澤さんに対して、「俺、前澤さんと仲良くしたいです」と言ったところで特に相手にはしてもらえないだろう。「どこぞの誰かわからんやつにいきなり言われても友達にはなれません」よね。面白い話があるんだけど、前澤さんとデカプリオが仲良くなったのは、バスキアの絵を123億円で購入してから交流が生まれたという話。まず、123億円の資金が出せる時点で、圧倒的に度量を積み上げていることを、そして、そのお金をアートに使える無邪気さがあるところ。この2つを網羅している。アートを通してコミュニケーションを作っているのは本当にすごい…いまの僕には到底真似できない。でも、人間関係もそういうことなんだよな。
誰かが上から降りてきてくれても、仲良くはなれない….人間の中に上下関係は確実に生まれてしまう。格差っていうのは物理的なもので仕方ないんだ。努力を軸に、因果関係が出てくるのが格差だと思う。格差社会をなくすというのは非常に難しい現代の課題。

最後に

色々と述べましたが、覚えていて欲しいのは、「友達はいつからでもつくれる。大人になったからといってできないわけじゃない。仕事でしか繋がれないというのは言い訳。本当に仲良くなりたかったら仕事で繋がって頑張ったらいいだけ。仕事以外でもコミュニケーション設計はできる。」ただ忘れちゃいけないのは、「出会い方」はとても大事だということ。
男女でも、ナンパで出会うか、ものを落として拾ってもらって出会うかで印象が違うでしょう。まあいろいろと言ったけど、俺としては、「男にモテる男と仲良くしていきたいし、自分もそうありたい」と強く思っています。男同士でもどんどんデートしていこうね。簡単に手に入れられるものは簡単に手放します。人間はバカです。脳は単純です。しんどい思いをしないと、ダメです。人間には、「与える側」と「与えられる側」2種類しかいません。

読んでくださってありがとうございます。