「人」を信頼する前に「理論」を知ろう

近年、「学歴や資格は必要あるのか?」と議論されることが多い。はじめにこの議論に対する僕の意見を主張すると学歴や資格はあるに越したことはない。取得できるのであれば取得をしておこう。なぜなら、自分の判断の制度が高まるからだ。いま、日本人の判断の精度が高くない現状が溢れているのは危険だと感じている。どのような現状かを説明していこう。

最初に人を信頼してはいけない

人が情報を信頼するために重要なステップがあると思います。その情報が「信頼できるか」を確かめられるまでに、ステップとして4段階あると考えられる。

正しいステップ

1,正しい知識、制度、理論を知る
2,メディアや人の発信を見る
3,その分野のプロや経験者に質問する。
4,その情報を信頼するか判断する

間違ったステップ

1,メディアや人の発信を見る
2,その情報を信じる

人を妄信的に信じるのは非常に危険だと思います。リベラルに物事を考える際に、人だけを信じてはいけません。社会通念は人々が作り上げている判断基準なのですから。その一つに法律や憲法が挙げられます。人としての行動規範がそこには掲載されています。「何をしたらダメで、何は大丈夫なのか?」殺人などを犯した後「ダメなことだと思わなかった」って言うのは通用しないでしょう。

「個の時代」の訪れが期待されている昨今ですが、個人がより自由になんでもしていいわけではありません。時代に適したルールはまた存在します。ルールは時代によって変わっていくのです。

人を信じすぎると、その信じた人だけが正しいことになります。その人だけが正しい可能性は普通に考えて少ない。基本的に正しいのは、科学的に証明された理論でしょう。そこを全て捨て置いて、人だけを重要視するのは危険です。

そのためにも学問や資格を物事を判断するための前提知識として自らの中に備えておきましょう。人に偏るのは危険です。判断の最後の一押しに「やっぱりあの人が言うのだから」はありです。でも、最初から「あの人が言っているから」ではダメです。

経済理論、物理学、税務など様々アカデミックな世界は存在しています。基本的に会社や個人はビジネスにおいて、人から価値を吸収することが多いです。自らの利益を追求して当然の組織なのですから、しょうがありません。

それに比べて、大学や政府などは自らの利益だけに直結すればいいわけでもありません。公会計において、その辺りの議論はされていますが、全てが利益追求型の組織であっては良くないです。

学問を深めることは、自らの選択基準を増やすことにつながります。

最後に

なぜこのような文章を書いたかと言うと、「人」にフォーカスしすぎる社会になるのは危険だと感じているからです。科学的に胃証明されている事実を知らないで、多くの判断をすると損をします。知っているから得をするかはわかりませんが、損する可能性は知るでしょう。

みんながみんなセンスを持ち合わせて生きていけるわけではありません。だから、着実な方法で学び続けることが重要なのではないでしょうか。僕は、センスは微塵もないです。だから、学ぶしかありません。学問を深めながら、ビジネスをやっていきます。

最後まで読んでくださってありがとうございます。今回は、ちょっと抽象的な話になったかもしれません。最後にもう一度、正しいステップを共有します。

正しいステップ

1,正しい知識、精度、理論を知る
2,メディアや人の発信を見る
3,その分野のプロや経験者に質問する。
4,その情報を信頼するか判断する