「空気を読むこと」はクソほど簡単だった

どうも、たっけ(@takeee814)です。

高校生の頃「KY(空気読めない)」という言葉が流行っていたんです。異常なまでも「空気」を大切にする社会だったのだと思います。だからぼくは、ひたすらに空気を読んでいた。そんなお話からはじめて、空気を読まなくなった話をしていこうと思います。

関西人は空気を読める

関西人は、たやすく空気を読める。それは小さい頃から、人は、笑わせなければならないという文化があるからだ。人を笑わすためには、人の行動を観察しなければならない。お笑いはタイミングが命であるからだ。
そんなことを昔から考えて生きてきた。いまの俺を知っている人からすると、自分が生徒会長だったりした経歴を笑うかもしれない。でも、空気を徹底的に読んでその当時正しい行動を繰り返し起こしていた。人の前では正しかった。しかし、モノの前では正しくなかった。知らないうちに、モノを壊していたりしていたのだ。なぜ窓ガラスが割れたのか?と聞かれても説明できなかった。知らない間に割っていたからだ。

空気を読むことは簡単だ

大人になっていくにつれて、社会の空気を読むことが求められてきているような気がする。「やりなさい」と言われたことを「淡々とこなす」それが空気を読むことだろう。自分の感情を置いてきぼりにしてしまっている人が増えてきたんだ。それでもやっぱり「己の気持ちを大事にする人が増えて欲しい」

ある時から、「空気を読む」ことがとても苦手になっていった。なんで空気を読まなきゃいけねえんだ。やりたいことさせろやと、母親の胸ぐらを掴む勢いで抗っていた時期があった。そうやってどんどん孤立していった。誰からも中途半端な関係性を突きつけられて、生きている心地がしなくなっていったのだ。空気を読むという自分なりの化粧をしてきた方がよかったのか?と思い返したこともあったが、そんなままじゃ嫌だ。しかし、空気なんて読む必要なんていいと気づいた。ここ1年空気を読んで良かった試しがない。それよりも自分の思い通りに行動したほうが圧倒的に気持ちいい。誰かに言われて何かをするというよりも、空気なんて読まないで、思い通りにやり続けることが一番気持ちいい。ただし、誰かの迷惑にならない程度だが。

誰かに言われたことをやり続けるということは大切にするのに、なぜ自分との約束は大切にしないんだろう?そんなことを20代半ばになると思い始めてくる。「あれあの時、思い描いていた夢はいつのまにか、女遊びに逃げてしまったよな、たかし」とか「また今度飲もうなといったのに、連絡がない、ひろゆき」とか。まあそんなことはもういい。とにかく、空気を読むのなんて簡単なんだ。個人の時代とか言われていて、空気を読む必要なんかあるのか?そんな簡単なことはやめて、空気を読まず生きて行こうじゃないか。

最後に

こんな暑い日は、仕事しながらテキーラでも飲んで空気読めない社会人としてやるしかないかもですね。笑

 

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最後まで読んでくれてありがとう。